Cheese

チーズを一日眺めていると日が暮れる。

俺は自分の家族(両親と姉)に真剣な話をすることが出来ない。それは小さい頃から何かにつけて怒られて否定された気持ちになっていたからだと今になって思う。普段の何の事はない雑談ならば何も気にすることなく話せるけれど、大事な話となると言葉が出ない。怒られるという気持ちとこっ恥ずかしいという気持ちと。別に自分の家族以外にならそういった話は抵抗なく話せるんだけど。そもそも何故怒られたのか自分の中で納得が出来ていないのが無意識に話す気を失わせていると思う。自分なりに考えて話していることを否定されるというのはつらい。そういうことにようやっと気付いた。

昨日はとある話題で姉貴と電話で話した。姉貴とは特に仲も良くないし、電話で話したのもいつぶりなのか、電話で話したことがあるのかどうかも分からない程度の仲だ。俺は昔から姉貴と性格が合わず苦手だったから不快な想いをしないためにも極力関わらないようにしてきた。姉貴に子供が産まれてからは幾分関わるようにはなったけれど、子供が産まれようとなんだろうと性格が合わないことには変わりはないのでそういう感じでいた。昨日電話で話してみてどうやら俺が極力関わらないようにして、苦手としていることに気付いていなかったようだ。なんというか、不思議な感じだった。大人になる前は一緒に暮らして生活をしていたというのに、俺のことをまったく見ていないとは。いや見ているんだろうけど壮大に誤って認識しているのが凄まじかった。そして、姉貴はすごく家族というものに幻想を抱いている感じだった。皆は仲が良くて当たり前、助け合ってお互いを立てあって当たり前というような。まあそれは良い家族なんでしょう。そうなるのは望ましいことだ。ただ俺はこの家族を好きではないし、どちらかというと苦手だ。いまの家族でそういった関係になりたいとは少しも思わない。無干渉でいてほしい。そういう気持ちを伝えても理解してはもらえなかった。期待はしていなかったからそれはいい。でもなんか別の生命体と話しているかのような話し方をされるのはあまり気分が良いものではなかった。そんなに幼稚だとは思わなかったとか、信じられないとか、かなり苛立ちを覚えたけど姉貴と分かり合える気はしないから我慢すればいいと考えていた。謎の諭されをされたりしながらようやく電話に解放されて、とても疲れた。電話に疲れたというより、長年見てきてとんでもない勘違いをされるような振る舞いをしていたのかと思うと疲労が湧き上がってくる。そういった意志を話したことはないけど態度には出していたし、たとえ多少の違いがあったとしても、こんなにも、こんなにも認識がずれているとは。なんか書いていて段々腹が立ってきたな。思うままに書いて読み直しもしてないから読めるものになっているのか分からないけどこれで終わる。